後見人がついた人に投票権を与えてはならない
自民、公明両党は25日、成年後見制度で後見人が付いた知的障害者らに選挙権を与えないとする公職選挙法の規定を削除して、選挙権を付与する方針を固めた。両党は野党にも協議を呼びかけ、今国会中に公選法改正案を提出する。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130425-00000007-asahi-pol
「後見人に選挙権を」なんていうと、いかにも人権派に聞こえてしまうが、まったくの真逆であるという話。
自分の意思で候補者を選んで投票できる能力があれば、後見人なんて付かない。
それができないから後見人が付くのである。
障害のある本人にとっては、自分に後見人がつく理由が分からない、理由を知りたいという気持ちもない、そもそも後見人制度が何なのかすら理解しきれていない、そういう人に第三者が「保護のために」と言って後見人をつけるのである。
逆にそのどれにも該当しない人に後見人をつけてはならない。
後見人がつくと、当人が為した全ての契約を後になって反故にできる(後見人の同意なき契約は無効)という、まるで桃太郎電鉄の徳政令カードみたいな特典が付く。
契約相手の側から「この人には後見人がついているか?」を確認する術は用意されていないという、悪意をもって利用されると本当にひどい制度なのだが、徳政令カードを手に入れる代償として「選挙権の返上」という対価がなくなるとすれば、作為的に後見人をつける人が増えることは間違いない。
(ある意味で障害者の偽装よりタチが悪い)
よって後見人制度は本当に判断能力のない人に限定すべきである。
判断能力のない被後見人が後見人の指示に従って投票するのは明らかに不正であるので、不正を防ぐためには、前もって候補者の名前を6面に書いたサイコロを渡しておくほかにない。
言葉は悪いが、これがまぎれもない事実である。
むしろ サイコロ振ることでしか候補者を選ぶことが出来ない人から投票権を剥奪 していくことを検討していったほうがはるかに有益だ。
選挙ついでに脱線すると、今は白票を投じると無効票としてノーカウントされてしまう。
これもまたおかしい。
「立候補したどの候補者もダメ」という選挙民の意思も立派な民意である。
今回、公職選挙法をいじるのあれば、
白票がトップ当選したら選挙をやりなおし!
を先に実践すべきじゃないか。
単なる棄権と、足を運んで白票を投じるというのとでは意味合いが全く違う。